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コペンハーゲンの昼下がり

読んだこと、考えたこと、つらつらと。人生三十年、それで十分、その前提で人生設計。

竹内好における「革命」と「他者」

「主人となって一切の他人をドレイとするものは、主人を持てば自分がドレイに甘んずる」

これは魯迅の言葉である。戦後日本における代表的な思想家の竹内好は、魯迅を頼りとしながら、日本は主体性を有しない「ドレイ」である事を論じた。

私の現今の関心は、「人間革命」という言葉である。この言葉は、(恐らく)南原繁が一番はじめに使用したものである。また、その言葉を使っていなくとも、「個人の変革による国家改造」的な思想は、戦後日本において数多く見られる。私は、丸山眞男大塚久雄荒正人小田切秀雄などの思想も、「人間革命」と類似性があるのではないかと思っている。

本記事では、戦後知識人の代表格の1人である竹内好「中国の近代と日本の近代」について、考えてみたい。同氏は、「人間革命」という語を使っていない。しかし、中国におけるヨーロッパに対する抵抗を通じながら、「革命」について論じている。そしてそれは、単に事象化した抵抗運動ではなく、「精神」や「人間の意識」と連続的なものである。
竹内は述べている。

歴史の法則と個人の法則とはちがうだろうが、そのあいだにある関係はあるだろうから(どういう関係かよくわからぬが)、歴史に発展がないことと個人に発展がないことは、やはり関係するだろう。(25頁)

竹内は、歴史の法則と個人の法則に関係があると述べている。その両者の関係の仕方については言葉を濁しているが、この関係性を前提として、竹内は論を展開している。つまり、精神を実在的なものとして、その発展として歴史を捉えるヘーゲル的な世界観に基づいて、ヨーロッパ・東洋・日本というアクターが働く世界史を論じている(とはいえ竹内は、ヘーゲル的な観念論には立っていなかっただろうと思う、ただ「精神」や「観念」という次元で日本について論じたかったのだ)。
彼にとって、「政治」と「文学」は二分されていたものではなく、「文学」という個人の内面の探求と変革は、「政治」の認識と変革と不可分であった。よって彼の言う「革命」を政治や社会に顕在化した運動としてではなく、人間の内面を場とした精神的運動として読むことは、自然であると考えている。

さらに私は、キェルケゴール哲学を頼りに、竹内思想を再構成する事も試みたい。詳細は後述するが、私の考えでは、キェルケゴール的モチーフは竹内の著作の中で根幹的役割を果たしている。竹内の文章を、キェルケゴール的用語によって再構成することで、新しい視座から竹内を解釈できるのではないかと期待している。

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ヨーロッパ、中国、そして日本

竹内は「中国の近代と日本の近代」において、ヨーロッパの進出を受ける東洋の姿を描いている。この東洋には、日本も中国も含まれるが、両者は対立的なものとして描かれている。まずはこの竹内が描出している3つのモデルについて概観したい。

●ヨーロッパ

まず竹内が言う「ヨーロッパ」とは、「不断の自己更新の緊張によって(中略)辛うじて自己を保持している」(13頁)ものであると規定している。ヨーロッパは、東洋という外部に進出し、そこの自らの政治・経済システムや文化を拡張しようとする。しかしそれは、単に自らの観念をそのまま他者に移植しようというものではない。異質なる他者(東洋)と出会った以上、自己(ヨーロッパ)は何らかの影響を受け、変容を迫られる。ヨーロッパはその時に、「自己更新」を図ることによって、「自己を保持」するのである。
それの歴史的評価としての妥当性はどうあれ、竹内はヨーロッパを「自らを更新させながら発展・前進・拡張する主体」と位置付けている。これは、後に日本について語る際に重要になる。

●東洋=中国

中国は、自己拡張するヨーロッパから挑戦を受ける「東洋」の一部である。ここで中国と東洋を等置しているのは、竹内が中国における魯迅の思想に、「東洋の一般的性質」を見出しているからである。

東洋とは、ヨーロッパに包摂されようとした事によって生じた概念である。そもそも「ヨーロッパ」という他者と出会わない限り、自らをヨーロッパではない「東洋」であると認識する事はできない。ヨーロッパと東洋の関係は、前者が後者に侵入するという非対称的なものである。ヨーロッパは、「近代」への「進歩」を東洋に強制しようとする。
その際に東洋に起きたのは、「抵抗」である。つまり東洋が自己を自覚し、自己を保持しようした運動である。そこでは「伝統」が意識されるに至り、ヨーロッパを跳ね除け、それと同化して自己を喪失する事を拒否しようとする。しかし、東洋は「敗北」する。即ち、ヨーロッパによる強制の結果、ヨーロッパ的近代化を迫られることとなる。
しかしそれでも「抵抗」は続く。もはや「抵抗」しても近代化は避けられないが、それはヨーロッパ的変動を迫られながらも、同時に「伝統」を保全せんとする矛盾した運動となる。その葛藤を、竹内は魯迅の「絶望」に見出している。
「かれは自己であるであることを拒否し、同時に自己以外のものであることを拒否する」。

●日本

日本もまた、ヨーロッパの挑戦を受けた「東洋」の一員であるが、それは「東洋諸国の中でもっとも東洋的ではない」(27頁)。
日本は、外部からの挑戦に対して、自己を保持しようとしない。つまり、主体性がないのである。自己を保持しようとしないから、学問や文化などの人間の精神活動の産物を、内面に求めることなく外界に希求する。そこには、異質な他者に対する「抵抗」はない。主体性がないのだから、自己を保持しようとする運動が起きるわけがないのである。
さらに、自らが保持している観念が現実と不調和をきたした時、日本は自らの観念を発展させて現実に合わせようとしない。ただ、新しい現実と整合的な観念を外部に探し出し、それを新たに導入するだけである。

これは、ヨーロッパとも東洋とも異なる。東洋は「抵抗」を通じて、自己を保持しようとする。東洋に外圧を加えるヨーロッパも、単に自己の観念を植え付けようとするのではない。ヨーロッパは、「相手を変革し、同時に自己が変革される運動」(27頁)をする。つまり、相手に働きかけることによって、自分も働きかけられ、自己を更新する。それは自己を喪失する危険を孕んでいるが、ヨーロッパにおける進歩とは、それでも自己更新を繰り返しながら行われるものなのである。

竹内における「革命」

以上、竹内が論じた世界史における3つの主体について論じたが、それらの性質は大きく異なっていた。これをそのまま歴史認識として受容するのは、困難であろう。私にはヨーロッパのアジア進出が積極的な自己変革を伴っていたか疑問であるし、それと日本のアジア進出に類似性を感じている。また、中国が美化されすぎであるし、「内面的変革の中国と、表層的受容の日本」のような安直な歴史理解は、今日では凡庸に思われる。
しかし問題にしたいのは、竹内が論じた人間の精神における「革命」である。竹内は、「転向」と「回心」、「革命」の違いについて、以下のように述べている。少々長いが、引用したい。

転向は、抵抗のないところに起こる現象である。つまり、自己自身であろうとする欲求の欠如からおこる。自己を固執するものは、方向を変えることができない。我が道を歩くしかない。しかし、歩くことは自己が変わることである。自己を固執することで自己は変わる。(変わらないものは自己ではない)。私は私であって私ではない。もし私がたんなる私であるなら、それは私であることですらないだろう。私が私であるためには、私は私以外のものにならなければならぬ時機というものは、かならずあるだろう。それは古いものが新しくなる時機でもあるし、反キリスト者キリスト者になる時機でもあるだろう。それが個人にあらわれれば回心であり、歴史にあらわれれば革命である。

回心は、見かけは転向に似ているが、方向は逆である。転向が外へ向かう動きなら、回心は内へ向かう動きである。回心は自己を保持することによってあらわれ、転向は自己を放棄することからおこる。回心は抵抗に媒介され、転向は無媒介である。

この文章では、「転向」と「回心」の違いが述べられている。前者は、自己に固執することなく、他者になろうとする運動である。つまり、変化の必要に迫られた際に、自己によって自己自身を変革しようとするのではなく、外界の事物を自らに移植することによって自己自身を変容させようとする。
それに対して、「回心」とは、「私が私でありながら、私以外のものになる」運動、つまり自己自身を保持しながらも、それまでの自己を否定し、新しい自己になろうとする内発的な運動である。それは個人においては「回心」であり、歴史においては「革命」であるという(先述の通り、竹内は個人の精神と歴史の発展の法則を連続的に捉えているので、「回心・革命」と記す)。

私は、この竹内の「回心・革命」議論の中に、着目すべき点が3つあると考えている。
第一に、それが「他者」との出会いを前提としていることである。竹内の「回心・革命」は、異質な他者に対する「抵抗」がきっかけとなる。その他者とは、世界史における東洋にとってはヨーロッパであった。そしてこの「ヨーロッパ」という他者は、単に「非東洋」という意味ではない。ヨーロッパと非ヨーロッパの両方を包括し、その両者を客体視する視点すら持った、世界を支配するような存在である。これについては後述する。

第二に、それが「自分を内部から否定する終わりのない運動」である事である。竹内はこの事を、辛亥革命ならびに文学革命に言及しながら論じている。これら運動は、それまでの自己(伝統)を否定しながら、乗り越えていくものであった。これは、日本における明治維新や言文一致運動と区別される。日本における「革命」(竹内にとっては「転向」)は、外部の制度や文化を輸入する事によって、完成されるものだった。しかし、前者は、絶え間ない自己否定によって継続する、終わりのない運動である。

最後に、竹内が「回心」や「キリスト者」など、キリスト教的な用語を用いていることである。一見、外在的な宗教的教義を受容する事によって「回心」は起きるように思われるが、竹内はこれを異なるように捉えている。それは、他者との出会いをきっかけにした「自己否定かつ自己保持」をする主体的運動なのである。
さらに竹内は、魯迅が直面した「苦痛」について、以下のように書いている。

かれは自己であることを拒否し、同時に自己以外のものであることを拒否する。それが魯迅においてある、そして魯迅そのものを成立せしめる、絶望の意味である。絶望は、道のない道を行く抵抗においてあらわれ、抵抗は絶望の行動化として現れる。それは状態としてみれば絶望であり、運動としてみれば抵抗である。そこにヒューマニズムの入り込む余地はない。

この「絶望」と「自己」という二概念から、キェルケゴールを想起する人物は、決して少なくないのではないだろうか。さらにそれは、上述の「他者」や「自己否定」、「キリスト教的用語法」という竹内の「回心・革命」論の特徴を見るとき、キェルケゴールとの関連を予期させる。

本来であれば史料に基づいて、当時の日本におけるキェルケゴール受容を考察したり、竹内の他の文章を精査してキェルケゴールへの言及がないか調査すべきだろう(そのようなけんきゅうはあるのだろうか?)。しかし、時間・資料的制約を鑑みるに私には、それは不可能である。
そこで、私が試みたいことは、キェルケゴール思想を補助線に、竹内好を「信仰」論として読むことである。それを「ヨーロッパに抵抗した中国と転向した日本」などのように世界史的に読むのではない。個人的な精神史としてそれを読み、キェルケゴール的用語によって、それを再構成することを目指す。
中途半端な試みにならざるを得ないが、どうかしがない一ブログでの戯れであるならば、何の問題もないだろう。